コトノハ|編集と出版

コトノハメディア135 コトノハがわかる

連載「コトバの立ち上がる場所2」Speak like a child

本の中には、本の中のコトバがある。

学校に行けば、学校のコトバがある。

会社に行けば、会社のコトバがある。

酒場に行けば、酒場のコトバがある。

コンビニに行けば、コンビニのコトバがある。

家に帰れば、家族との間に交わされるコトバがある。

ひとりになれば、ひとりの時に頭をめぐるコトバがある。

コトバは環境や一緒にいる人によって、微妙に姿を変える。

会議に行けば、会議のコトバがある。

発表会に行けば、発表会のコトバがある。

コトバに触れずに過ごす人はいない。

目が見えなくたって、耳が聞こえなくたって、コトバに触れる。

お腹の中にいたって、コトバに反応する赤ちゃんもいる。

コトバに囲まれて、人は生きている。

コトバで自分の意思を伝え、自分の気持ちを伝え、

人の気持ちを知り、人の意思を知り、人との距離が近くなる。

あるいは遠くなる。

赤ちゃんはお腹がすいた時、泣いたりする。

なんで泣いているのかを、大人たちは察して、きっとお腹がすいているんだなあと、ゴハンを与える。

赤ちゃんは、お腹が空いたら泣くことで、

誰かがお腹を満たしてくれるということを知らなくても泣くだろう。

大人になって、腹が減って泣き出しても、誰も何のことだかわかってあげられない気がするし、

どこか別の場所に隔離されてしまうような気もする。

コトバはコトバを使う主体の年齢や立場によっても変わっていくし、他者から変わることを求められる。

宮沢賢治の詩のように、ただ何もいわず、そこにいて笑っている人もいる。

声を上げてコトバを発することはせず、ただそこにいるだけで、コトバを使うよりも饒舌に自分を表現できる人もいる。

よく喋っている人が、今日はあまり喋らない。

どうしたのかな、なにかあったのかな、と気遣う。

いやなんでもない、と言われると、もっと気になる。

気になった人は、頭の中であれこれコトバを巡らせ、相手の真意をあれこれ考える。

ここまでくると、コトバはややこしくなる。

それに、年を重ねるごとに、人は本音をコトバにすることはなくなる。

腹へった。

疲れた。

帰りたい。

眠たい。

さみしい。

そんなことを言う大人に、誰も関心はしない。

本音を言う大人はバカにされるので、ますます多くの大人から本音を聞くことは困難を極める。

大人は世間の人が理想とする大人でなければならない。

Speak like a child.

なにもかも忘れて。

子供のように喋れる、気のおけない友人を求めて、君は今日も街を歩く。




針谷周作
編集出版会社「コトノハ」代表。
池上線のローカル文化誌『街の手帖』編集長。
30代は、ヨーロッパのアーティストやニューメディア研究機関等を取材。
最近は、全国各エリアで人口が一番少ない村を取材する。

過去の連載
連載「コトバの立ち上がる場所1」コトバの湧き出る場所を探して

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