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『街の倫理』正義をふりかざす人の対処法

「街の倫理」は、暮らしのなかで生じる理不尽な出来事や、ふとした疑問に、倫理的観点からメスを入れる読み物です。

 回答してくれるのは、本誌でもおなじみの人気イラストレーターで、バリバリ現役の倫理教師・オギリマサホ氏。『街の手帖』編集長の針谷の周辺で、実際に街で起こった「もやもや」をずばり解決していただきます。

質問:正義をふりかざし大騒ぎをする人には、どう対処したらいいでしょうか?

 ある人から聞いた話です。

 始発駅で電車に乗り、空いているシートに座って電車が発車するのを待っていました。

 しばらくして斜め前に座っていた老人が「オラ! ダメだ!」と怒鳴り声を上げたのでそちらに目をやると、対面に座っていた若者がスマホをいじっていたのを見て怒ったようでした。

 若者は無言でスマホをカバンにしまいました。さらに別の日、また同じ始発駅の電車内で、あの老人を見かけたそうです。老人は、自分が座るシートの近くに立ち、携帯を見ていた女性を「わかってんのかっ!」と叱りつけていました。

 確かに優先席の近くで電波を発するものを使用してはいけないというルールがあるのはわかります。ただ、老人が注意するのは、優先席ではない場所にいる人たちのことです。

 なぜだか彼はそれからもよく、その老人を電車の中で見かけてしまうのだそうです。そうして、その老人がまくしたてて注意している姿を見ていると、ルールを破ったものに対し注意をすることが、その老人のストレスの吐け口になっているのではないかと思えて複雑な心境になったと、げんなりとした面持ちで話してくれました。

 僕は相談してくれた彼に同情しながらも、自分だったらどうするか考えてしまいました。もしかしたら家が火事になり、緊急の電話やメールに対応しなければならないこともあるかもしれませんよね。こうした場合、どう対応したらいいでしょうか?

回答:大騒ぎをしている時点でそれは正義ではありません。静かにやり過ごしましょう。

 携帯電話が普及し始めた当初、電波がペースメーカーに及ぼす影響を懸念して、鉄道会社各社は優先席付近で電源を切るよう案内を出していました。しかし最近では機器の性能向上などにより悪影響は少なくなったとし、「混雑時のみ電源オフ」というように案内が緩和されていますね。

 恐らくそのご老人は当初の案内に基づく「携帯電話=悪」という構図が頭の中に出来上がってしまい、脳内の情報がアップデートされていないのでしょう。

 最近ではそのご老人のように電車内でのスマホ使用に腹を立てた人が、トラブルを起こすケースも多々あるようです。

 そもそも道徳というものは不変のものなのでしょうか。生物学者の池田清彦は「規範はフィクションである」と言い切ります。お互いの欲望を調停する道具ですから、状況に応じて変化することはあり得るわけです。

 道徳を不変なものであるかのように振りかざす人々の心の奥底には「他人の快楽への嫉妬」があり、それを道徳にすり替えて正当化しているに過ぎないと池田は指摘します。

 「見慣れない機器を使用しているのが気に食わない」気持ちが「電車内でスマホを使うな!」となり、「自分が座りたい」気持ちが「優先席に若者が座るなんてけしからん!」へと転化する訳です。

 しかし、なぜ道徳を声高に叫ぶ人たちは大抵怒りを伴うのでしょうか。ローマ帝国の哲学者セネカは「怒りとは、不正に対して復讐することへの欲望である」と定義します。「他者が正しくないことを行っている」という気持ちが、我々に怒りを生じさせるわけです。

 しかしセネカは、不正に対して怒りで応えることは薄汚く狭量な心に属する「心の過ち」であり、「他者の過ち」に対して「怒りという過ち」で正すことはできないとします。

 セネカは怒りに対する最良の対処法として「遅延」を挙げます。怒りの頂点にある人を言葉で鎮めようとしても火に油を注ぐだけであり、激情は時の経過とともに収まっていくため、怒りが緩和した頃を見計らって穏やかに接するのが良いとするのです。

 ただ、我々が電車内に乗り合わせる時間はさほど長くはありません。乗車中にご老人の怒りが鎮まらない場合もあると思います。

 そんな時は「いちばん怒りっぽいのは幼児と老人と病人である。およそ、ひ弱な者は本性上、愚痴っぽい」というセネカの言葉を思い出し、「穏やか」という最大の徳を忘れずにやり過ごしましょう。

まとめ

「規範はフィクションである」という言葉にスカッとしました。
しかし、他人の快楽への嫉妬・・・確かにあると思います。
楽しいことがあってもSNSで安易につぶやかないよう気をつけたいと思いました。(針谷)

もっと詳しく知りたい人は・・・(参考文献)

池田清彦『正しく生きるとはどういうことか』(新潮社・1998年)
セネカ著/兼利琢也訳『怒りについて 他二篇』(岩波文庫青607-2・岩波書店・2008年)

オギリマサホ

都内女子校で倫理の教師をしながらイラストレーターとして活躍。
文春オンライン、『街の手帖』にて好評連載中。
<グッズ>オギリマサホの相撲Tシャツ

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