コトノハ|編集と出版

コトノハメディア135 コトノハがわかる

いくさなき城にたどりつき酒をのむ~飴色の時に包まれて~

 蒲田から池上線に乗ろうとしていた。

 ホームに入線してくる電車はシルバーに緑色のラインが映える車両。それは、一〇〇〇系を改造した一五〇〇系の車両を使い、新七〇〇〇系と同じ緑色のラインに塗装し直した電車だ。

 少し時間がある。寄ってみたい沿線の居酒屋がつぎつぎに頭に浮かぶ。蓮沼なら面白い店が何軒かあり、池上ではさまざまなタイプの店が選べ、千鳥町にも数軒あてがある。 

 次の久が原はどうだろうか。大規模なチェーン居酒屋もない。お酒を飲もうと思えば、個人経営のそば店、ラーメン店、鮨店など飲食店で食事と一緒にすることになる。

 比較的静かな住宅街の中を走る池上線。その沿線の中で久が原は特に静かな街。都市計画法による用途地域でいえば、駅近くの商店街沿いは近隣商業地域、少しだけ第一種中高層住居専用地域をはさんで、その外側には広大な第一種低層住居専用地域が広がっている。工場も大規模施設もなく、高層ビルなどもない。やはり、静かな街には理由がある。

 久が原駅に着いた。改札を出て左手へ。線路沿いの道を蒲田方面へ戻ると、井上書店という本屋さんがあり、その並びに赤提灯が見えた。炭火やきとり「城」。 

 紺色の暖簾をくぐって中に入る。四人掛テーブルが左右にいくつかあり、その先の右手に八人ほど座れるL字カウンターがある。中の焼き台前のマスターと目が合う。

 「いらっしゃい」

 カウンターの角の辺りに男女四人の先客。テーブル席には誰もいない。うながされるまま、カウンター席の一番奥に座った。落ち着く。懐かしいポップスが流れている。店内を見まわす。老舗の焼き鳥店独特の飴色の色合いになごむ。

 生ビール小(四五〇円)を頼む。並びの男性が焼き物を注文するのを聞いて私も便乗した。 

 カシラ(一二〇円)、タン(一二〇円)、ハツ(一二〇円)を各一本「塩」で。
 注文を済ませホッとする。生ビールの一口目がのどを通過してゆく。
 お土産のやきとりの注文が入り、マスターは忙しい。それを気づかい、自分の注文を後にまわすお客さん。

 やがて、流れる曲はトーケンズ・一九六一年の全米シングルチャート一位の曲、「ライオンは寝ている」に変わった。この曲はコーラスの部分が面白い。

 前回来た時は、名物のゴーヤチャンプル(五〇〇円)がおいしかった。
 若鶏(一五〇円)を二本、「タレ」で頼むことにする。レモンサワー(三八〇円) も一緒。
 若鶏は美しく、ふっくらとしている。
 「ああ、おいしい……」
 しみじみ口をついた言葉。
 すると、店の女性と目が合い、お互いに笑ってしまう。

 「ここのナンコツの、肉の綺麗さと立派さを思うと食べたくなっちゃうんですよ」という声が聞こえてきた。次回は絶対になんこつも食べてみよう。

 「以前もいらした方ですよね。」とマスターに聞かれた。
 「二週間くらい前、お店が満席の日にきました、空いている時に入って、すぐにみるみる満席で・・・」
 「あんな日もありますし、こんな日もありますから」と笑顔のマスター。
 流れる音楽はパット・プーン「悲しきカンガルー」になっていた。

 食肉市場には毎日行くそうだ。ただし、腸詰(四五〇円)だけは横浜中華街で仕入れるとのこと。楽しみがまた出来た。さらに、馬刺し(六五〇円)も気になる。

 一人の方、カップルの方、さらに家族連れ三人と、店内はどんどん混み合ってきた。今日も盛況。
 三杯目もレモンサワー( 三八〇円)。繰り返し飲めるさっぱりとした味だ。

 マスターは焼き物を手早く焼き、飲み物を作り、複数の常連さんとそれぞれ会話を交わす。会話も弾み、笑い声も絶えない。お客さんの側の気づかいもある。

 「忙しいところ、すみません、お酒お願いします」の一言。

 店名はたしかに「城」である。しかし、ここに「戦さ」はない。日々それぞれの戦いを終え、この 「城」にたどりつき、酒を呑み、いやされ帰ってゆく。

 宝くじが当たったらどうするかという会話になった。

 「マスターはどうするの?」
 「宝くじが当たっても、年をとっても、焼き鳥屋をやっているよ」とマスター。
 気持ちもゆったりとしてきたところで、帰らなければならない時となり、お勘定。
 「今日もご盛況で……」と私。
「ありがとうございます」とマスター。
 外に出る、店の女性が店先までおくってくれた。
 午後七時から八時まで一時間ほどの滞在。
 鼻腔をくすぐる焼き鳥のタレの香りに満たされ、飴色の時の流れは、ゆれる肩をやさしく包む。(了)

新岳大典
池上線沿線在住。ブログ〝居酒屋探偵DAITEN の生活〟の管理人。http://daitenkan.jp
(街の手帖10号より。過去の記事により、現在の情報と異なる場合があることをご了承ください。)

街の手帖10号

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